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後悔は必ず残るから「笑顔で介護」を学ぶ会 概要

『巣立つ子供と違い、介護は送ること。どんなに一生懸命頑張っても後悔は必ず残ります。
だから毎日が花マルじゃなくていい、トントンでいいんですよ。壮絶だなんて思われるけど、介護って意外と楽しめるよ』
こう仰る日本占術協会 会長 福田有宵先生「有宵会」所属、現代養生食介護食アドバイザ−でもある黒江真帆先生から「笑顔で介護」について学びました。

黒江 真帆

日本占術協会 会長 福田有宵先生「有宵会」所属、中医薬膳師、現代養生食 介護食アドバイザー

日本占術協会 会長 福田有宵先生に師事し、長年にわたり「気学」を学び、数多くの人々にアドバイスをしている。「体質改善」「薬(医)食同源」「未病」「予防医学」など独自で“漢方”の概念 も学び始める。 中国の国立経典栄養学研究所 所長である劉大器氏に巡り会い先生に師事する。現在は、今までの経験を活かし、様々な活動を行なっている。

Q, もしも~自分の両親に介護が必要となった?と言う変化は、何をどの様に察知出来うるものなのでしょうか?

この答えは、全く想像がつきません!とお答えするしか無いように思えます。

何故ならば、年齢には関係ない場合があるからです。

例えばですが、ある日突然発症する心筋梗塞・脳梗塞などは事前に察知する事は難しいと言えます。

ただし、この場合は医療機関の介入が必ずあり、入院の間に手術の具合により退院もしくはリハビリを要する場合であれば自宅に帰る前に利用する事ができる“老人保健施設(通称は老健)“の利用を病院より勧められるでしょう。

老人病院でない限り、救急車で入院した場合は長期間にわたる入院は現状では不可能と言えます。もしもリハビリテーション不用となってしまったならば、在宅での介護もしくは“特別養護老人(通称は特養)ホーム“の選択肢になります。現在の特養ホーム(行政によるもの又は民間の施設)の現状は、行政は空室無しですし民間では金額がかさむ場合が多いでしょう。

でも、ある意味では病院にはケースによって近い選択肢を探してくださる“ソーシャルワーカー”と言う専門職の方がいらっしゃるので、入院中に決めておいた方がお勧めです。

もしもご両親が歳を重ねてゆく内に、次第に買物や家事がスムーズにいかなくなったとか、もしかして最近物忘れが多いように感じ、認知症を発症したのかもと不安に感じたり、又はちょっとした不注意から骨折をした!と言うケースを耳にしますが。

この場合の方が、私はむしろ家族が色んな事をしなくてはならずマンパワーが一人の場合(自分のケースより)は相談や手続きへと認知症の母を一人にしての外出は大変でした…。

私事ですが、2000年の介護保険制度が出来る前の認知症(2004年迄は痴呆症)の発症でしたので行政の窓口は正直言うと理解が少なかったと感じております。

もちろん相談はアチコチに及び、手続きにも何度も行ったのは覚えています。今では介護に対して以前より理解が進んだので嫌な気持ちになる事は、たぶん少なくなっていると期待します。

そんな時に頼りになるのが地域包括センター・社会福祉協議会(通称は社協)は、今では何処の地域でも調べれば連絡先が分かると思いますので活用してくださいね。

私がお勧めする点は、もし自分が看病や介護で外出不可能の場合は調整して訪問してくださいます。

その為、本人とも面識ができ様子も把握できます・実際の状況・家の福祉に適してない箇所の発見など利点もあります。その際に未だ介護認定を受けてない場合は、所属している“ケアマネージャー(通称はケアマネ)が来訪したり、施設の利用状況なども相談にのってくださいますので、是非に覚えておいてくださいね!

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今回のテーマである「介護」ですが、人のお世話をする時の言葉で、介抱・看病・看護・介護などがありますよね。

介抱はどちらかと言えば、自宅にて風邪や二日酔いなどの一過性の場合に用いられます。

看病・看護→医療機関で医療行為=医療保険が適用される事が多い 。

では、介護とは福祉の分野に深く関係し、医療保険の他に介護保険が適用されるという事が大きく異なると言えます。

介護についてのお話しをする前に、ご高齢者についてお伝えしておきたいと思います。

〈個人差が大きい〉

成長期のお子さんの場合は、ある程度マニュアルがありますよね。

例えば、離乳食の開始時期などは食事面では代表的とも言えるでしょう。しかし、ご高齢者の場合は平均値と言えるものがありません!

〈子供扱いはNGです〉

出来ない事ができてゆくのが子供の成長期であるならば、スムーズに出来ていた事が歳を重ねる内に少しずつ出来なくなってゆくのがご高齢者です。

筋肉の低下を始め、眼や耳が遠くなるのも加齢の自然現象と思います。

よく見かけるシーンに、お年寄りの耳元で大きな声で話しかけているのを、皆さんも見かけた事があると思います。

その際、何故だか子供に話しかける様な言葉使いを耳にします。

もしかしたら耳は遠い訳ではなく話している言葉が早口で解らないのかもしれませんし、また軽度認知症の為に内容自体が意味不明だったら…。

どちらにしても自分達よりも年齢も経験値もあるご高齢者への子供扱いするのは、私は良い事だとは思いません。やはりお年寄りには尊敬の念を持って接して頂きたいと考えています。

〈失われてゆく年代〉

本日お集りの方々、もちろん私も“高齢になった”という経験値は当然ですがありません。

団塊の世代の介護時代の頃には多少変化するのかもしれませんが、現在のご高齢者の中には戦争経験者の方々もいらっしゃいます。私の母も「もったいない!」という言葉をよく口にしていました…。

経験値とともに社会背景からくる価値観も、今とは全く異なっています。

介護の現場の中では、戦争で配偶者の方を亡くした方も居られるし両親や友人の場合もあるでしょう。

年齢を重ねるという事は仕事や家事・家族や友人・健康さえも“失われてゆく年代”であると言う、もしかしたら日々の中でジレンマとの格闘かもしれません。

そんな事も忘れないで欲しい…と、4世代の中で加齢を実際身近に肌で感じてきた私は思えてなりません。

〈非言語メッセージの重要性〉

これは認知症以外の心理カウンセリングの現場でも学んだ事ですが。

私達は通常は“共通言語”でコミュニケーションをとっていますよね。ところが、この共通言語でさえも実は伝わる言葉は、およそ7%とかなり低い数字に驚きませんか?

では“非言語メッセージ”とは、身振り手振り・言葉の強弱等々が加わったとしたら…それでも全体の55%位と言われています。こんなにも理解されていない、互いに自分の立場に置き換えて“言葉”というツールを感じ取っている訳ですので、勘違いはあるものなんですね。

ご高齢者とコミュニケーションする場合は、必ず目線の高さ(例えば、車椅子ならしゃがんで)を合わす事が=お話しを聞くという態勢となりますので大切です。沢山の言葉でコミュニケーションが取れているとは思い込まず、むしろ少なく解り易い言葉選びも大事です。お相手にプレゼントを手渡すが如く言葉を物の様に扱いましょう!と、学んだ時を思い出します。

〈傾聴が大切〉

この“傾聴の技法”は精神科の先生も活用なさっていらっしゃるようですが。

介護の現場では、混乱してしまった高齢者の方に落ち着いて頂くために用いると言っていいかもしれません。

その技法とは先ず→アイコンタクト・次に→うなずき・そして→あいづちです。

共感=自分を受け入れてくれた!という気持ちから次第に心を開いてくれる傾向につながります。

この傾聴の技法そして非言語メッセージの重要性は、何もご高齢者に限りませんよねぇ。

 

ついついメールで済ませてしまいがちの現代社会に於いて、言葉での交流が希薄の今だからこそ言葉を持ち・言葉を伝え・心を交わす大切さを考えなくてはいけないのかもしれませんね!

相手が友人でも仕事関係でも全ての場面で、言葉の表情を感じ取り、相手の心に寄り添うことは大切な事ですよね!

(中略)

介護の種類

介護の種類→介助:主に“手”による介護

      指導:“口”による介護

      見守り:“目”による介護

の大きく3つに分けられます。

(中略)

でも私は“口腔摂取”に最後まで拘っていたように思います…。

 

(中略)

 

介護食作りは想像力

ご高齢の方への献立は、咀嚼しやすい軟らかい物の方が無難と言えます。

ただ個人差とともに大きいのが日々の体調の変化です!

昨日は食欲があったからと毎日続きな訳ではありません。昨日食べ過ぎたから今日は便秘気味になる場合もあります。そんな時は、本人に合わせた気まま食がお勧めです。

白米とおかず→お雑炊にしたり、意外とおにぎりにしておくのも好評でした。どうしてもコレでなくてはダメというのではなく潔い“想像力”と適応力が大切です。

自分の口の中に口内炎が出来た事を想像してみてください。そんな状態の時に口にした

いモノは→やはり、口当たりや喉越しの良いモノですよね。その意味においても介護食は“想像力”が大事!

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QOL(Quality of lifeの略称)とは“生活の質”を意味します。

 

“介護の現場を支える”という場面で“QOLを大事にする”といった言葉をセットのように耳にします。ですが、実際に介護という現場に直面したとき、生活の質なんていう生易しいことは言ってはいられません。

メディアで「介護されている人のQOLを守りましょう」と司会者の方が言う度に、誰が守るの?と疑問に思います。

何故なら、介護をする人は介護が始まった時点で色々なことを諦めなければならない状況になります。

例えば、以前から予定していたことや計画していたことも、些細で当たり前にしていたことを、介護される人もする側も時間の調整をやむなくして、諦めなければならないことが多くなります。
時間もなくなれば体力もなくなる、そんな中で介護する人のQOLが維持出来なければ、介護される人のQOLも維持はできません。
   
QOLを守るということも大事かもしれませんが、それ以前に相手が家族、配偶者など様々なケースがありますが、その人らしさを掴んで好みを理解することの方が大切なのではと考えます。
介護される人にとって一番大事だと私が思うのは、その人の居心地をいかに良くするかということです。
 
衣食住の環境を整える、とくに衣食に関しては、着心地がいい、食べ心地がいいということが結果、居心地がいいということにつながるのではと考えるからです。
   
私が母の介護のとき、特に気を配ったのが肌着です。
下着などは見えない部分ではありますが、直接肌に触れるものです。
お年寄りになってくると、老人性乾皮症などで粉をふくときもあります。
ポリエステル素材など静電気が起きやすいものを着ると、痒みを伴い蕁麻疹がでてそれで眠ることができずに、昼夜逆転といった負のスパイラルに陥ってしまうこともあります。
ですから、肌着はなるべく肌触りが良く、着心地がいいものを選んでいました。

 

その日の状態によって、微熱があるとか食欲がないとか色々なことがありますが、前回お話ししたように口の中を想像してメニューを作ることも食べ心地を良くするひとつです。

大根を細かく切ったり薄く切るというよりは、ふろふき大根のように大きく切って柔らかく煮て、汁を多く含んだ状態で舌でつぶせるほうが美味しいかもしれませんよね?

そういったことを想像して食べ心地を良くしてあげることが、衣食住を整えてあげることにつながるのではないでしょうか。

これらを始めた頃から認知症の母の口から、「帰りたい」とか「出かけてきます」という言葉が少なくなった気がします。

母にとって居心地が良くなったのかもしれませんね。

それともう一つ心掛けていたのが、本人の自己有用感や役に立っているという感覚は少なくなってきますが、私は積極的に「手伝ってね」とお願いしていました。

実際は手伝えていなくても、自分が役に立っている、そこにいていいんだという気持ちを持ってもらえることが大事だからです。

“介護には正直なところ、向き不向きがあります”
 
(中略)
 
ですから、介護のプロであるケアマネが何と言おうと、正解はありませんし、マニュアル通りにいかなくて当たり前なのです。
 
今は社会資源がたくさんあります。
 
ケアマネや包括センターに相談して、使える手段はどんどん使いましょう。
そういったことで、うまく自分の時間を調整して自分の未来も描けるような介護をすることが、私のQOLではないかと思っています。
 
介護される人のQOLというのは、する人のQOLが落ちては成り立たないと思います。
それを妥協して、“私はこうしたんだから”というような気持ちになってしまうと、長続きはしません。
決して暗く考えずに、毎日が花マルより、とんとんで終わればいいのではと思っています。
   
“私じゃなきゃ親の介護はできないのよ”という気持ちは、最後まで持っていてかまいませんが、“自分じゃなくても大丈夫なのかも”という気持ちも十分持っていないと心が折れてしまいます。

これは育児にも当てはまりますが、“巣立っていく”ことが育児なら、介護は“旅立って行く”ことで大きな違いは、残るのは後悔しかないということです。
 
どんなに一生懸命やったとしても後悔は残ります。
 
どうせ残るのであれば、自分なりにできることはして、できないことはできないと諦める。
あのとき施設に入れてあげれば・・・など、できないことを望んだ後で後悔するのは、難しい後悔になってしまいます。

(中略)


介護が最終的に終わった段階、自分が介護という括りの中で用済みになったときの、自分の目標を決めておくのです。

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